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<title>Eooo!インタビュー</title>
<link>http://www.eooo.jp/blog/interview/</link>
<description>各界の著名人にEooo！がインタビュー。農業界に新しい視点を提供してきます。
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<language>ja</language>
<copyright>Copyright 2006</copyright>
<lastBuildDate>Mon, 03 Apr 2006 18:02:37 +0900</lastBuildDate>
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<title>高島宏平　インタビュー</title>
<description><![CDATA[<p><font color="red"><strong>おいしさを共有して収益性向上を</strong></font></p>

<p>スーパーの野菜売り場に〝生産者の顔〟がお仕着せのように貼り付けられる一方で、<br />
生産現場からは「消費者が見えない」といった声を耳にする。<br />
両者の溝を埋めようと農産物流通にインターネットを持ち込み、急成長している企業がオイシックスだ。<br />
生産と消費の距離をいかに越えるか。<br />
差別化のヒントはどこに隠されているのか。<br />
ＩＴベンチャーから食品業界に飛び込んだ高島宏平社長が語った。</p>

<p><br />
オイシックス社長<br />
高島宏平<br />
たかしまこうへい</p>

<p>プロフィール</p>

<p>1973年生まれ。神奈川県出身。<br />
東京大学大学院工学系研究科在籍中に㈲コーヘイを設立し、大学院修了と同時に外資系コンサルティング会社マッキンゼー東京支社入社。<br />
退職後の2000年オイシックスを設立。<br />
自社の安全基準をクリアした食品を、インターネットを通じて宅配するビジネスを急成長させている。<br />
今年度の売上高は28億円の見込み。<br />
 <a href="http://www.oisix.com">http://www.oisix.com</a></p>

<p><strong>――2000年のオイシックスの立ち上げてから今まで、食の世界をどのように見てきましたか？</strong></p>

<p>高島●食の世界を見回すと、まず食べる人と作る人の距離を感じます。<br />
その距離が遠いがために、ものすごくもったいないことが起きている。</p>

<p>私たちの会社とお取引いただいている農家さんは、有機栽培や特別栽培に取り組み、通常よりも努力や苦労を重ねておられます。<br />
しかし、お客様との距離が遠いと、せっかくの努力も非効率になりかねません。<br />
何に向けて頑張っているのかが問題になるわけです。</p>

<p>例えば味です。<br />
ナスの農家を訪ねると、どなたも「うちのナスは日本一」とおっしゃいますよね。<br />
ただし、隣のナス農家さんのナスを食べたことはありますかと質問すると、<br />
「食べたことがない」。<br />
では、スーパーで買って食べたことは？と聞けば、「ないよ。だって買う必要ないだろ」と言われたりします。<br />
確かに農家なのだから、買って食べる必要はないんですが、その人の「日本一」とは、<br />
そのぐらい強い思いで作っているということなんですよね。</p>

<p><strong>――その「おいしさ」には根拠がないということですか？</strong></p>

<p>高島●根拠がないことが問題ではありません。<br />
むしろ、おいしさを定義する難しさを私は感じています。<br />
果菜や果物なら、甘みや硬さといった基準が比較的はっきりしていますが、葉物となると、農家さんによって目指す味はかなり違います。</p>

<p>私たちは農家さんに集まってもらって、目隠し試食をしてもらったりもしますが、レタスなどは味の評価がバラバラです。<br />
皆さん、おいしいレタスを作ろうと努力しているはずなのに、何がおいしいレタスなのかが曖昧だったりする。</p>

<p>実際、せっかく愛情を込めて一生懸命作っていても、その味がお客様の望む味と一致しないケースは多々見受けられます。<br />
それが非常にもったいないんです。</p>

<p><strong>――作るためにかけた手間とコストが生かされていないのですね？</strong></p>

<p>高島●そうですね。その意味で言いますと、当社には、取り扱っている商品についてお客様からの忌憚のない声が寄せられます。<br />
それぞれの意見はかなり具体的ですので、食品ごとの求められる味は何かが、ある程度わかってきています。</p>

<p>そんな「おいしさの姿」を農家さんと共有したい。<br />
同じ苦労をするなら、そこに向かって苦労をしていただく。<br />
そうすれば、お客様に喜んでいただけますし、我々もありがたいのです。</p>

<p>私は、努力する生産者はもっと収入を得るべきだと考えています。<br />
しかし、おいしいかどうかを決めるのは、私たちの先にいるお客様ですので、農業経営はそこを意識すべきです。</p>

<p>売り上げを拡大するためには、大量に売るか、高く売るか、コストを下げるかですよね。<br />
お客様が望むものを作るという部分を強めれば、もっとたくさん売れるはずだし、<br />
ファンがつけば、我々も高い値段でたくさん購入できます。<br />
生産の努力が収益性につながっていくのです。</p>

<p><strong>――「顧客を見ること」は、従来の農業で最も欠けていた点でもありました。</strong></p>

<p>高島●大事なのは、「おいしさ」は採れた時ではなく、お客様に届く時点で判断されるということです。</p>

<p>私たちのビジネスは通信販売ですが、できるだけ産地で味わえる感動に近い感動を食卓に届けようとしています。<br />
在庫は抱えず、お客様から注文を受けた後、契約農家さんへの連絡、収穫、発送、仕分けと進み、通常、注文から3日から1週間で品物が届くような形をとっていますが、やはり、収穫のタイミングや梱包によってかなり評価が違ってきます。</p>

<p>分かりやすい例は、追熟するタイプの商品ですね。<br />
小売店に出荷する場合は、熟れすぎを避けるために早めに収穫するのでしょうが、通販用には通販用のタイミングがあります。<br />
スーパーや農協への出荷とは異なるタイミング、お届け日に追熟が完成するように収穫してもらうだけで、お客様の満足度がかなり上がってきます。<br />
<br><br><br />
<font color="red"><strong>農家の常識を消費者の視点でとらえ直すこと</strong></font></p>

<p><strong>――お話を聞いていると、生産と流通の距離をどう乗り越えるかがポイントのようです。</strong></p>

<p>高島●農家の常識が一般消費者の非常識みたいなこと、あるいは、その逆の中に差別化のタネがあり、<br />
ビジネスチャンスがあると感じています。</p>

<p>例えば、最近はさまざまな所で目につくようになりましたが、規格外の曲がったキュウリみたいなもの。<br />
農家さんのところに行きますと、「クズだ」と言われますが、お客様にしてみれば、同じおいしさで安全性も変わらない。<br />
しかも安いのであれば、曲がっていてもかまわないと感じる人が半分以上です。</p>

<p>私たちは規格外の野菜を「ふぞろいな野菜たち」と名付けて販売しています。<br />
これも売り始める時は大変だったんですよ。</p>

<p>小さいジャガイモを「コロコロジャガイモ」という名前で売りますと言っても、農家さんには「絶対に売れない」<br />
「お客さんに怒られるから、やめとけ」と言われました。<br />
ところが、やってみたら売れた。</p>

<p><strong>――生産と消費のギャップを越えようとした時に、商品化のアイデアが生まれるということですね。</strong></p>

<p>高島●当社の人気商品に、生で食べられるトウモロコシがあります。<br />
これは、うちのバイヤーが、ある農家で子供さんが食べているのを見たのが商品化のきっかけでした。<br />
バイヤーが「生で食べるんですか？」と尋ねたら、「生で食べないの？」と聞き返されたそうです。</p>

<p>その農家さんにとっては、「生で食べるのが当たり前」だったのかもしれません。<br />
けれども、多くの都会人にはそんな経験はありません。<br />
生のトウモロコシが持つ甘み、みずみずしく、シャキシャキした食感を知れば、<br />
「えっ？！」とびっくりします。<br />
あれは、ちょっと他では経験できない食感ですから。</p>

<p>こういう常識のズレ、認識の違いを消費者は知りたい。<br />
産地で食べる感動に近い感動を味わいたいわけですよね。<br />
普通に暮らしている東京の人には入手できなくて、地域や品種によっては食べられるもの、あるいは食べ方、<br />
そういうものがヒット商品のタネだと思うんです。</p>

<p><strong>――生で食べるトウモロコシはどのようにして商品化したのですか？</strong></p>

<p>高島●そのトウモロコシは宮崎県の農家さんが作る「味来」という品種でした。<br />
トウモロコシは収穫後、熱を出しますから、予冷の方法をいろいろと考え、その農家さん専用のコールドチェーンを組んで、お客様の食卓に届く当日と翌日までは、生で食べられるようにしました。</p>

<p>そこで感じたのは、直接、議論できる関係の重要性ですね。<br />
生で食べるトウモロコシの商品化は、ものすごく難しくはないんだけど、先行事例があってだれにでもできるというものでもない。<br />
当事者同士が普段とは違うエネルギーを傾け、強い意志をもって知恵を出し合う必要がありました。</p>

<p>今では、「いつから販売するの？」といったメールが次々にやってくる圧倒的に差別化できたキラーアイテムになっています。<br />
農家の常識を一般消費者の目で見直せば、より利益の出る商材を生み出せるのです。</p>

<p><br />
<strong>――差別化のタネはもともとそこにあったのだということですね。</strong></p>

<p>高島●普通のことだったんです、その農家さんにしてみれば。<br />
だけど、そんなトウモロコシは都会のスーパーには売ってない。<br />
今では、その産地以外でも同じような商品ができないか、いろいろと実験をしています。</p>

<p><strong>――オイシックスとして、農協や市場、小売店などの既存の農産物流通をどのように意識していますか。</strong></p>

<p>高島●そもそも既存の流通をよく知らないんですよ。<br />
私自身、この仕事を始める前に食品をビジネスとして扱った経験はありませんし、既存の流通を否定しようという発想はありません。</p>

<p>新しいか古いかはあまり問題ではなくて、お客様に喜んでいただけるかだと思います。<br />
既存流通の中に良いものがあれば使う。<br />
なければ、考えて作るという考え方です。</p>

<p>むしろ私たちのような流通業にとっては、よい商品があるかどうかが生命線です。<br />
だからこそ、経営の観点から農業にアプローチしている方々の存在は大切で、多くの農業経営者に成功してもらいたいと願っています。<br />
日本の農業の将来は、そうした人たちが、いかに大きな勢力になれるかどうかに、かかっているのではないかと思うのです。</p>

<p><br />
（構成・秋山基）</p>]]></description>
<link>http://www.eooo.jp/blog/interview/archives/2006/04/post.html</link>
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<category></category>
<pubDate>Mon, 03 Apr 2006 18:02:37 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>猪瀬直樹　インタビュー</title>
<description><![CDATA[<p><font color="red"><strong>改革は道路から農業へ</strong></font></p>

<p>道路公団民営化で、改革の先頭に立つ作家、猪瀬直樹氏だが、近著では、土建国家・日本の雇用構造を転換し、<br />
地方経済を活性化させるカギとして農業の可能性に着目する。<br />
また、江戸時代の農民が備えていた経営観を提示し、｢売る｣農業への回帰を説く。</p>

<p><img alt="inose1.JPG" src="http://www.eooo.jp/blog/interview/archives/inose1.JPG" width="450" height="300" /></p>

<p>作家<br />
猪瀬直樹<br />
いのせなおき</p>

<p>プロフィール<br />
1946年長野県生まれ。「ミカドの肖像」で大宅壮一ノンフィクション賞。<br />
「日本国の研究」で特殊法人の実態を描き、<br />
02年道路関係４公団民営化推進委員会委員に就任。<br />
委員会での攻防を「道路の権力」に著した。<br />
近著「ゼロ成長の富国論」では人口減少・労働意欲減退・財政赤字に対する処方箋として農業の重要性を説く。<br />
政府税制調査会委員。東大客員教授。</p>

<p><br />
<strong>――猪瀬さんと言えば、道路公団民営化のイメージが強いのですが、近著「ゼロ成長の富国論」（文藝春秋）では、<br />
日本の将来に向けての農業の役割が強調されています。</strong></p>

<p>猪瀬●<br />
道路公団の民営化問題で、これまで色々と議論を重ね、高速道路の建設費を20兆円から10兆円ぐらいに絞ったんですね。<br />
道路が「必要」とされる際、道があると本当に便利な場合と、「仕事としての道路工事が欲しい」場合があります。<br />
この違いをよく見極めて、国民経済の観点から不必要な道路計画を削っていくことが大切なんだけど、<br />
実際に建設費を半減させると、10兆円分困る人が出てくる。<br />
彼らの雇用対策を考えなくてはならないんです。</p>

<p><strong>――建設業を中核とした日本の雇用構造に問題があるということですか。</strong></p>

<p>猪瀬●<br />
著書にも書きましたが、日本の建設業は約600万人の雇用を抱えています。<br />
全就業人口が約6400万人ですから、10人に1人が建設関係の仕事をしているわけで、これはどう見ても歪んだ構造です。<br />
建設総投資額はバブル期までは年間84兆円もありましたが、今では50兆円にまで下がっています。<br />
総投資額が3分の2に減ったのですから、200万人の雇用が過剰ということです。<br />
建設業は長い間、地方の基幹産業であり続けましたが、農業も本来そうでしょう。<br />
だったら、建設業で余った労働力を農業に移すことを考えてもいい。<br />
建設業から農業への雇用移転は、地方経済を活性化させるカギだと思います。<br />
建設業者は大型の立派な重機を所有していますし、その扱いにも慣れています。<br />
すでに一部の業者が農業に活路を見出そうとしていますが、こうした動きを広げることで、地方で余った労働力を農業が吸収できる。<br />
他方、農業サイドでは、後継者不足や遊休農地の拡大が言われ続けていますよね。<br />
荒廃した農地に産業廃棄物が投棄されるといった問題もあります。<br />
私は郊外に住んでいるんだけど、近所の遊休農地に冷蔵庫やオートバイを捨てていく人までいる。<br />
きちんと耕されている所ではそんなことはありません。<br />
やっぱり土地が荒れると、人間心理まで悪い方に誘われるんですよ。</p>

<p><strong>――建設業に限らず、企業が農業に参入するケースが色々と見られるようになりました。</strong></p>

<p>猪瀬●<br />
先の国会で、農地のリース方式を構造改革特区から全国に拡大するための法案が成立しました。<br />
これにより、株式会社が農地を借りられることになり、異業種は農業に参入しやすくなりました。<br />
今後は荒廃した農地があれば、半ば強制的な措置もとれます。<br />
企業が農業に入ってくれば、例えばリサイクルの大きなシステムを作ることもできます。<br />
外食産業やホテルから出てくる大量の残飯をどう有効利用するかといったことも、企業が農業に関与していれば、<br />
解決する仕組みを作れるかもしれません。</p>

<p><strong>――道路公団改革では「抵抗勢力」の存在に頭を悩まされたことと思います。<br />
      農業をめぐっては農林族議員に抵抗の動きはないのでしょうか。</strong></p>

<p>猪瀬●<br />
農水省までが舵を切った以上、この流れはもう止められないでしょう。<br />
自民党の農林族議員も抵抗勢力になるのではなく、風向きを呼んで態度を変えつつあります。<br />
もともと、族議員という人たちは明確な根拠をもって政治活動をしているわけではありません。<br />
目の前の金と票が欲しいだけですから、流れや風向きには敏感なんですよ。</p>

<p><strong>――となりますと、農業に新しい時代が来るということですか。</strong></p>

<p>猪瀬●私は今、起きていることは「第二の農地解放」だと見ています。<br />
戦後自作農の時代が一回りして、新しい農業の時代がやってくる。<br />
背景にはＦＴＡ（自由貿易協定）を推進する政府の方針がありますし、その先にあるのは東アジア共同体です。<br />
今、日本と中国、韓国は色々な点で対立しているけど、お互いの利益を考えれば、東アジア共同体はやはり必要です。<br />
その前提としては、まずアジア各国と二国間のＦＴＡを詰めないといけないし、そのためには弱い農業を抱えているわけにはいかない。<br />
問題はこうした動きがこのまま進むのか、中途半端に終わるかですね。<br />
大きなトレンドは変わらないでしょうが、緒についたばかりだし、具体的な成果はまだ上がっていませんから。<br />
<br><br><br />
<font color="red"><strong>農業は、自在に絵が描けるフロンティア</strong></font></p>

<p><strong>――著書の中では、江戸時代からの産業史を振り返りつつ農業を従来とは別の角度から位置付けている点が印象的でした。</strong></p>

<p>猪瀬●<br />
歴史教科書を読むと、<br />
「農民は凶作や飢饉に苦しみ、重い年貢負担にあえぐ」</p>

<p>といった「貧農史観」が書かれています。<br />
あれは、マルクス主義と皇国史観という2つのイデオロギーが形成した固定観念で、<br />
士農工商の身分制度にしても後世に作られたイメージにすぎません。</p>

<p>江戸時代、大阪のコメ相場では、すでに世界初の先物取引が行われていました。<br />
これは世界的に見てすごいことで、平和だから可能だったんです。<br />
異民族に土地を奪われる恐れがない時代だからこそ、先物を取引できたんですね。</p>

<p>ですから江戸時代の農民は作るだけでなく、<font size=2><strong>「売る」</strong></font>ことを考えていました。<br />
生産から流通、販売までプロセス全体を見て市場経済を生き抜いたんです。<br />
農・工・商に境目などはなくて、田畑を耕しながら、商家に奉公したり、職人に転じたり、小商いをする人もいた。<br />
農民には商工業のセンスや経営努力が求められました。</p>

<p><br />
<strong>――農業そのものにまつわる古い見方を変える必要がありそうです。</strong></p>

<p>猪瀬●<br />
現代の「農業」は、工業と対比する概念としての農業ですよね。<br />
私は、江戸時代の農業は工業だったと思っています。</p>

<p>狭い土地からいかに多くの収穫を得て、売れる商品を生み出すかが問われ、田畑には職人的な努力が傾注されてきた。</p>

<p>そうした創意工夫が日本のものづくりの伝統となり、大きなところではトヨタ自動車の「カイゼン」、小さなところでは、東京・大田区の町工場などに見られる「匠の技」まで、連綿と続いているわけですよ。</p>

<p><br />
<strong>――日本の農産物についても、商品力を見直し、輸出を視野に入れた取り組みも出てきました。</strong></p>

<p>猪瀬●<br />
日本の農業には今でも、他国に真似のできない高付加価値な農産物を作る力があります。</p>

<p>今はちょっとまだ手始めに輸出しているといった感じだけど、今後はもっと輸出しやすい環境が整うはずです。<br />
現在の輸出額は年間1600億円程度ですが、適切な輸出戦略を立てれば、１兆円も不可能ではない。</p>

<p>  農産物だけでなく、人材を海外に送り出すことも考えるべきでしょう。<br />
青年海外協力隊をもう少し違った形で展開するとか、フリーターやニートを活用できないかとか。<br />
日本の若者の力を海外の農業で生かせるのではないかと思うんです。</p>

<p><br />
<strong>――最後に農業に携わる人たちへのメッセージをお願いします。</strong></p>

<p>猪瀬●<br />
やはり今後の経営者には、<br />
どう作るかではなく、どう売るかが求められています。</p>

<p>農業はいかようにも絵が描けるフロンティアになったのだから、大切なのは、未来を先取りする発想です。</p>

<p>居酒屋チェーンから農業に参入したワタミファームにせよ、人材派遣のパソナにせよ、色々な入り口が用意されてきたでしょう。<br />
ワタミファームで農業を学び、独立した元ＯＬがいるのですが、若い女性が農業をやる、理屈やイデオロギーではなくて、「それが格好いいんだ」という流れができれば、農業に対する見方も変わると思います。</p>

<p><strong>「ダサいけれども大事な産業」から「格好よくてもうかる産業」へと変えていく。</strong></p>

<p>そんな波を作り出せれば、農業の魅力はさらに強まりますよ。</p>

<p><br />
（構成・秋山基）</p>]]></description>
<link>http://www.eooo.jp/blog/interview/archives/2006/04/post_4.html</link>
<guid>http://www.eooo.jp/blog/interview/archives/2006/04/post_4.html</guid>
<category></category>
<pubDate>Mon, 03 Apr 2006 17:37:02 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>安井至　インタビュー</title>
<description><![CDATA[<p><strong><font color="red">食に「100％の安全」などありえない</font></strong></p>

<p>食の「安全・安心」がしばしば語られるが、そもそも「食べ物」とは何だろうか。<br />
農業とは、自然の恵みをいただくだけの営みなのだろうか。<br />
ウェブサイトを通じて、環境を巡る世間の〝常識〟に科学のメスを入れる安井至氏に、食と農の本質論を語ってもらった。</p>

<p><img alt="安井さん変更済み.JPG" src="http://www.eooo.jp/blog/interview/archives/安井さん変更済み.JPG" width="439" height="330" /></p>

<p>国際連合大学副学長<br />
工学博士<br />
安井至<br />
やすいいたる<br />
（プロフィール）<br />
1945年東京生まれ。東大工学部卒。<br />
東大生産技術研究所教授をへて現職。<br />
専門は環境材料科学、材料設計法、環境総合指標。<br />
著書に「市民のための環境学入門」「環境と健康―誤解・常識・非常識」などがあるほか、<br />
ウェブサイト「市民のための環境学ガイド」（http://www.yasuienv.net/）を運営。</p>

<p><br />
<strong>――ウェブサイト「市民のための環境学ガイド」は、どのような考え方に基づいて運営しているのですか？</strong></p>

<p>安井●<br />
私の研究テーマは環境とサステナブル・デベロップメント（持続的発展）、<br />
つまり地球環境と人間活動のバランスをいかにうまくとるかということです。<br />
できるだけ地球をすり減らさないで、かつ人間が幸せに暮らす。<br />
サイトではそのための方向性を模索し、理論付けしたいと思っています。</p>

<p><strong>――環境にとっての人間とはどんな存在なのでしょうか？</strong></p>

<p>安井●<br />
ホモサピエンスとは、地球の歴史を長期的に眺めると、せいぜい十数万年前、要するに「ごく最近」になって現われた新参者にすぎません。<br />
ところが、この新参者は結構、勝手な生き物でして、短い期間にこれほどまでにのさばって、地球の姿を変え続けてきたんですね。</p>

<p><strong>――その営みの中には農業も含まれます。</strong></p>

<p>安井●<br />
そうです。ですから最近よく「食の安全・安心」と言われますが、その前にまず「食って何？」というあたりから考え直した方がいい。<br />
人間は思い上がりが激しい生き物ですから、食物とは「人間のため作られた物」だと思いがちです。<br />
これは基本的に間違いで、人間は、自分よりも前から地球に存在していた「他の生物」を食べているにすぎません。<br />
もちろん、作物や家畜の場合、品種改良などの努力が重ねられましたが、生き物である以上、食べ物は神によってもたらされたものでも、<br />
地球から与えられたものでもありません。まずその点を押さえておきたいですね。</p>

<p><strong>――食べ物に絶対の安全・安心を求めるのは無理があるということですか？</strong></p>

<p>安井●<br />
他の生物の中から、たまたま食べられるものを口に入れているだけですから、「100％の安全」などありえません。<br />
多少のリスクがある方が当然です。<br />
例えば、植物は昆虫などから身を守るために、体内に毒物を準備しています。<br />
人間は賢いですから、毒性が少ない穀物や、ほとんど毒性のないコメを主食に選びましたが、<br />
それでもやはり、食べ物にパーフェクトな安全性を求めるのは、思い上がりです。<br />
特に現代人は、自分たちが他の生命を食べていることを都合よく忘れているようです。<br />
もしかすると、もう生き物を食べているという感覚すら失ってしまったのかもしれません。</p>

<p><strong>――とは言え、安全・安心問題は農家にとっても、消費者にとっても関心テーマではあります。</strong></p>

<p>安井●<br />
「安全・安心」と対の言葉で語られますが、本来はまったく異なる概念です。<br />
安全ではないと分かっていても、安心していられることはありますし、安全であっても安心しないこともあります。<br />
私が考えるに、安心は詰まるところ、「悟り」の中からしか生まれません。<br />
人間と、人間に食を与えてくれる他の生物との関係を多少なりとも理解すること。<br />
その中からしか安心は生まれないと思うのです。<br />
つまり、どの程度のリスクがあり、どの程度まで安全なら、安心できるのかが問題で、食べる側が「無害な食べ物を供給せよ」と<br />
叫ぶのはおかしいんです。</p>

<p><strong>――なぜ、「絶対安全」というような感覚的なとらえ方が出てきたのでしょうか。</strong></p>

<p>安井●<br />
一つにはメディアの責任があります。<br />
新聞・ニュースは、「社会で起きた新しい出来事を市民に伝え、警鐘を鳴らすのが使命」だと主張します。<br />
彼らは「真実をバランスよく報道する」とも言いますが、実際のところ、人々を脅かすような情報は流しても、「安心」はあまり報道しませんよね。<br />
読者を心配させないと新聞は売れませんし、ニュースも見てもらえませんので、仕方ないのかもしれませんが。<br />
しかし、情報を受け取る側としては、報道は必ずしも真実ではないと思っておいた方がよいでしょう。<br />
危険と言ってもピンからキリまでありますし、世の中にゼロリスクなどないのです。</p>

<p><strong>――では農業者はどんな心構えをもっておくべきでしょうか。</strong></p>

<p>安井●<br />
ＢＳＥ（牛海綿状脳症）や無登録農薬の事件を振り返れば分かるように、世間に決定的な不安感を与えるのは、ＢＳＥや農薬そのものというよりは、それらを巡る不法行為です。<br />
農薬について言えば、法律を順守し、適正な範囲内で使用することが大前提で、もし100人に１人でもルールを破れば、農業界・農家全体の信頼性が崩れます。<br />
不法行為は安心を失わせる最大の要因であり、そのインパクトの大きさを、強く認識してほしいと思います。<br />
けれども、安全・安心論議の本質論は別のところにあるのです。<br />
<br><br><br />
<strong><font color="red">農業は「反自然的」と堂々とかたれ</font></strong></p>

<p><strong>――安全・安心論議の本質論とは？</strong></p>

<p>安井●<br />
さきほど、食べ物とは、地球上にある他の生物だと話しました。<br />
そう考えますと、農業は、人間が効率よく食べ物を手に入れるために始めた一種の環境破壊と言えます。<br />
自然の生態系の中にあった植物の中から、特定のものを抜き出して、栽培するようになったのが農業です。<br />
また、農業は広大な面積で単一の作物を何年間も繰り返し育てたりします。<br />
これも自然にまったく逆らった行為で、そんなことをして本来、植物が健全に育つわけがないんですね。<br />
しかし一方で、農業には食物を効率よく都市に供給する使命があります。<br />
なおかつ、これは経済活動ですから、生産は合理的に設計されていなければなりません。<br />
そのためには、最小限の農薬は必要ですし、農家側はそのことを消費者に説明するべきなんです。</p>

<p><strong>――無農薬栽培や有機栽培に取り組む農家もいますが、どう見ていますか。</strong></p>

<p>安井●<br />
無農薬でも作物はできないことはないでしょう。<br />
農業には農薬以前の「古の知恵」があります。<br />
除草などで多くの人力が必要となりますが、環境への配慮を訴え、作物の付加価値を高めて売るのであれば、それはそれで経済行為です。<br />
無農薬に価値を認める消費者がいても不思議ではない思います。<br />
ただ、農薬をあたかも「魔女」のように扱うことで、〝危険性〟を訴え、無農薬野菜の優位性、正当性をアピールするのは、<br />
いささかずるいやり方だと思います。</p>

<p><strong>――そのあたりに、農薬のリスクが冷静に語られない問題の核心がありそうです。</strong></p>

<p>安井●<br />
すべての農産物が無農薬で作れるはずだと考えるのは、無意味なことです。<br />
私はむしろ「農業は自然に反した営みなのだ」と、堂々と主張する農家が出てこないかなと期待しています。<br />
でなければ、いつまでたっても世間からは「農薬を使ってサボっている」と責められ続けますし、誤ったゼロリスク論も打ち消せない。<br />
だいたい、消費者は「農業＝自然」と誤解していますよね。<br />
その思い込みを農業者サイドが便利に利用するから、なお困るのですが、畑は雑草に覆われているのが自然なのです。<br />
市場は虫食いやキズのない野菜を農家に求めますが、そうであれば、農薬のリスクを招いているのは消費者の自業自得とも言えます。<br />
それに、本当に農薬のリスクと日々向き合っているのは、散布している農家の側ではありませんか？<br />
こうした議論を徹底的にして、逆に巻かれたネジを巻き直せば、すべての人がリスクと折り合いをつけられると思うのですが。</p>

<p><strong>――そこから生産側と消費側の歩み寄りが始まるということでしょうか。</strong></p>

<p>安井●<br />
「生産者の顔」が見える売り方を、私は方向性としては否定しません。<br />
「自分のために作ってくれたコメ」を食べるのは、消費者にとって最高のぜいたくですから、１対１の関係を作り、<br />
安心を高い値段で売ってもいいのです。<br />
しかし、それだけでは産業としての農業は成り立ちません。<br />
生産者サイドは「農業＝反自然的」という本質を知られるのを恐がっているようですが、農業の本質をもっと、<br />
ナマの言葉で消費者に開示すれば、生産者と消費者は真実に向かって歩み寄れるはずです。<br />
人間にとっては、食べなければ死ぬという現実こそ最も切実な問題なのですから。</p>

<p>（構成・秋山基）</p>]]></description>
<link>http://www.eooo.jp/blog/interview/archives/2006/04/post_3.html</link>
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<pubDate>Mon, 03 Apr 2006 17:24:46 +0900</pubDate>
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