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2005年08月07日
【安井至:1/2】 食に「100%の安全」などありえない
食の「安全・安心」がしばしば語られるが、そもそも「食べ物」とは何だろうか。
農業とは、自然の恵みをいただくだけの営みなのだろうか。
ウェブサイトを通じて、環境を巡る世間の〝常識〟に科学のメスを入れる安井至氏に、
食と農の本質論を語ってもらった。
国際連合大学副学長
工学博士
安井至
やすいいたる
(プロフィール)
1945年東京生まれ。東大工学部卒。
東大生産技術研究所教授をへて現職。
専門は環境材料科学、材料設計法、環境総合指標。
著書に「市民のための環境学入門」「環境と健康―誤解・常識・非常識」などがあるほか、
ウェブサイト「市民のための環境学ガイド」(http://www.yasuienv.net/)を運営。
――ウェブサイト「市民のための環境学ガイド」は、
どのような考え方に基づいて運営しているのですか?
安井●
私の研究テーマは環境とサステナブル・デベロップメント(持続的発展)、
つまり地球環境と人間活動のバランスをいかにうまくとるかということです。
できるだけ地球をすり減らさないで、かつ人間が幸せに暮らす。
サイトではそのための方向性を模索し、理論付けしたいと思っています。
――環境にとっての人間とはどんな存在なのでしょうか?
安井●
ホモサピエンスとは、地球の歴史を長期的に眺めると、
せいぜい十数万年前、要するに「ごく最近」になって現われた新参者にすぎません。
ところが、この新参者は結構、勝手な生き物でして、短い期間にこれほどまでにのさばって、
地球の姿を変え続けてきたんですね。
――その営みの中には農業も含まれます。
安井●
そうです。ですから最近よく「食の安全・安心」と言われますが、
その前にまず「食って何?」というあたりから考え直した方がいい。
人間は思い上がりが激しい生き物ですから、食物とは「人間のため作られた物」だと思いがちです。
これは基本的に間違いで、人間は、自分よりも前から地球に存在していた「他の生物」を
食べているにすぎません。
もちろん、作物や家畜の場合、品種改良などの努力が重ねられましたが、
生き物である以上、食べ物は神によってもたらされたものでも、
地球から与えられたものでもありません。まずその点を押さえておきたいですね。
――食べ物に絶対の安全・安心を求めるのは無理があるということですか?
安井●
他の生物の中から、たまたま食べられるものを口に入れているだけですから、
「100%の安全」などありえません。多少のリスクがある方が当然です。
例えば、植物は昆虫などから身を守るために、体内に毒物を準備しています。
人間は賢いですから、毒性が少ない穀物や、ほとんど毒性のないコメを主食に選びましたが、
それでもやはり、食べ物にパーフェクトな安全性を求めるのは、思い上がりです。
特に現代人は、自分たちが他の生命を食べていることを都合よく忘れているようです。
もしかすると、もう生き物を食べているという感覚すら失ってしまったのかもしれません。
――とは言え、安全・安心問題は農家にとっても、消費者にとっても関心テーマではあります。
安井●
「安全・安心」と対の言葉で語られますが、本来はまったく異なる概念です。
安全ではないと分かっていても、安心していられることはありますし、
安全であっても安心しないこともあります。
私が考えるに、安心は詰まるところ、「悟り」の中からしか生まれません。
人間と、人間に食を与えてくれる他の生物との関係を多少なりとも理解すること。
その中からしか安心は生まれないと思うのです。
つまり、どの程度のリスクがあり、どの程度まで安全なら、安心できるのかが問題で、
食べる側が「無害な食べ物を供給せよ」と叫ぶのはおかしいんです。
――なぜ、「絶対安全」というような感覚的なとらえ方が出てきたのでしょうか。
安井●
一つにはメディアの責任があります。
新聞・ニュースは、
「社会で起きた新しい出来事を市民に伝え、警鐘を鳴らすのが使命」だと主張します。
彼らは「真実をバランスよく報道する」とも言いますが、
実際のところ、人々を脅かすような情報は流しても、「安心」はあまり報道しませんよね。
読者を心配させないと新聞は売れませんし、ニュースも見てもらえませんので、
仕方ないのかもしれませんが。
しかし、情報を受け取る側としては、
報道は必ずしも真実ではないと思っておいた方がよいでしょう。
危険と言ってもピンからキリまでありますし、世の中にゼロリスクなどないのです。
――では農業者はどんな心構えをもっておくべきでしょうか。
安井●
BSE(牛海綿状脳症)や無登録農薬の事件を振り返れば分かるように、
世間に決定的な不安感を与えるのは、
BSEや農薬そのものというよりは、それらを巡る不法行為です。
農薬について言えば、法律を順守し、適正な範囲内で使用することが大前提で、
もし100人に1人でもルールを破れば、農業界・農家全体の信頼性が崩れます。
不法行為は安心を失わせる最大の要因であり、
そのインパクトの大きさを、強く認識してほしいと思います。
けれども、安全・安心論議の本質論は別のところにあるのです。
(つづく)
(構成・秋山基)
投稿者 eooo01 : 2005年08月07日 10:08