2005年08月14日
【安井至:2/2】 農業は「反自然的」と堂々とかたれ
――安全・安心論議の本質論とは?
安井●
さきほど、食べ物とは、地球上にある他の生物だと話しました。
そう考えますと、農業は、人間が効率よく食べ物を手に入れるために始めた
一種の環境破壊と言えます。
自然の生態系の中にあった植物の中から、
特定のものを抜き出して、栽培するようになったのが農業です。
また、農業は広大な面積で単一の作物を何年間も繰り返し育てたりします。
これも自然にまったく逆らった行為で、そんなことをして本来、
植物が健全に育つわけがないんですね。
しかし一方で、農業には食物を効率よく都市に供給する使命があります。
なおかつ、これは経済活動ですから、生産は合理的に設計されていなければなりません。
そのためには、最小限の農薬は必要ですし、
農家側はそのことを消費者に説明するべきなんです。
――無農薬栽培や有機栽培に取り組む農家もいますが、どう見ていますか。
安井●
無農薬でも作物はできないことはないでしょう。
農業には農薬以前の「古の知恵」があります。
除草などで多くの人力が必要となりますが、環境への配慮を訴え、
作物の付加価値を高めて売るのであれば、それはそれで経済行為です。
無農薬に価値を認める消費者がいても不思議ではない思います。
ただ、農薬をあたかも「魔女」のように扱うことで、〝危険性〟を訴え、
無農薬野菜の優位性、正当性をアピールするのは、いささかずるいやり方だと思います。
――そのあたりに、農薬のリスクが冷静に語られない問題の核心がありそうです。
安井●
すべての農産物が無農薬で作れるはずだと考えるのは、無意味なことです。
私はむしろ「農業は自然に反した営みなのだ」と、
堂々と主張する農家が出てこないかなと期待しています。
でなければ、いつまでたっても世間からは「農薬を使ってサボっている」と責められ続けますし、
誤ったゼロリスク論も打ち消せない。
だいたい、消費者は「農業=自然」と誤解していますよね。
その思い込みを農業者サイドが便利に利用するから、なお困るのですが、
畑は雑草に覆われているのが自然なのです。
市場は虫食いやキズのない野菜を農家に求めますが、
そうであれば、農薬のリスクを招いているのは消費者の自業自得とも言えます。
それに、本当に農薬のリスクと日々向き合っているのは、
散布している農家の側ではありませんか?
こうした議論を徹底的にして、逆に巻かれたネジを巻き直せば、
すべての人がリスクと折り合いをつけられると思うのですが。
――そこから生産側と消費側の歩み寄りが始まるということでしょうか。
安井●
「生産者の顔」が見える売り方を、私は方向性としては否定しません。
「自分のために作ってくれたコメ」を食べるのは、
消費者にとって最高のぜいたくですから、1対1の関係を作り、
安心を高い値段で売ってもいいのです。
しかし、それだけでは産業としての農業は成り立ちません。
生産者サイドは「農業=反自然的」という本質を知られるのを恐がっているようですが、
農業の本質をもっと、ナマの言葉で消費者に開示すれば、
生産者と消費者は真実に向かって歩み寄れるはずです。
人間にとっては、食べなければ死ぬという現実こそ最も切実な問題なのですから。
(構成・秋山基)
投稿者 eooo01 : 2005年08月14日 17:15